昔の家づくりを通じて学ぶことのひとつに「地産地消」の考えがあります。
地元産の材料を使い、地場産業を振興させるという意味があります。
「日本の家づくりは日本の木で」
をスローガンを掲げて家づくりに取り組む人が増えてきました。
ところが日本の林業は衰退し、外来木材を消費しまくっている、
というのが現実です。
今、民家のいろりの火を囲みながら
林業家でもある「里山探検隊長」の話に耳を傾けているところ。
燃料の薪は近くの山で伐り出された間伐材。
間伐材は木炭にすることでさらに優れた燃料として重宝されました。
いろりの煙は薫煙(くんえん)作用により草屋根の耐久性を高める役目も果たしました。
山を守ることで林業はもとより、村の農業も、家づくりの文化も、秩序を保っていたのが、
木資源を燃料として使わなくなった頃から次第に山が荒れ始め、
その帰結として、いろりも、炭焼き小屋も、きこりも、茅葺き屋根も、
そしてなによりも村の、日本の地方の活気が消えてしまったそうです。
「民家の学校」で教わったこと、
それは「いい家・いい環境」をつくるには山を元気にすることだ、ということです。
里山を歩くと、ときどきちいさな炭焼き小屋に出会います。
かつて、炭焼きが盛んだったこの村も、
多くの人たちが山を下りた今、
数えるほどしか炭焼き小屋が残っていません。
ひとり、ふたりと山を下りるその歩調に合わせるかのように
炭焼き小屋も、いろりも、草屋根も姿を消していきました。
昭和40年頃のことです。
森の日当たりを良くするため、
枝を打ち、
つるを切り、
間伐を行い、
薪を割り、
炭を焼き、
燃料として活用し、
草屋根を維持し、
灰や古茅は肥料として大地に還元・・・
連綿と循環していた里山の営みが
すっかり過去のこととなってしまいました。
わずかな残り火を絶やすまい、
とそのちいさな小屋は語りかけてくるようでした。
手入れの行き届いた森を歩くと
愛情をもって山に接している人たちがいるのだな、
と心強く思えます。
山を守るこのちいさな営みが
ひいては、地球温暖化を抑止する上でも、
大きな力になる、ということを
もっと多くの人に知らせたい・・・
ふと見上げた空から明るい春の光が降り注いできました。「林業は100年先への仕事」と林業に生きる人の話を思い出しました。