都市計画道路と景観

 名峰「虎ノ門ヒルズ」は新虎通りの真正面に聳える。
 はっきり言う。私は「虎ノ門ヒルズ」がきらいだ。

 デザインが嫌いなのではない。
 設計施工者が嫌いなのでもない。
 そこに集う人々を嫌うのでも、もちろんない。
 その事業(プロジェクト)をプログラムした「企業」と、 プロジェクトを後押しした「行政」との蜜月関係が嫌いである。

 虎ノ門ヒルズには、 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会本部が 入居していたことでも有名だ。

 ウェブ上で公開されている情報を総合すると、
 「虎ノ門ヒルズが開発された場所は、もともと第17森ビル(17階建て 1970年完成)があった場所 であり、虎ノ門ヒルズは森ビル発祥の地(新橋・虎ノ門)という思い入れの強いエリアで、 東京のあらたなランドマークとなることをめざして、 行政(国・都)が築いた信頼と民間企業(主演・監督=森ビル)の ノウハウが一体となって誕生した再開発事業である」
と紹介されている。

 森ビルのお膝元である新橋虎ノ門、略して「新虎」。
 環状二号線の新橋と虎ノ門を結ぶ区間を「新虎通り」という。 新橋から虎ノ門に向けて一直線に伸びる幅40メートル道路の 真正面に聳えるのが「虎ノ門ヒルズ」である。
 名峰の誕生によって、新虎地区は虎ノ門ヒルズの城下町となった。

 新虎通りは、虎ノ門ヒルズの手前から地下トンネルとなり、 虎ノ門ヒルズの真下をくぐり抜け、反対側の溜池口から再び地上を走る。 普通、建物の下に公道を通過させる建築計画は存在しない。
 以下はあるウェブサイトのからの抜粋である。

 新虎通りは、 2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックの際に、 選手村とスタジアムを結ぶ重要な道路の一部として位置付けられており、 道路を賑わいの場として活用する 「東京シャンゼリゼプロジェクト」 も展開されています。
 さらには、広幅員歩道部の沿道一体が「 東京のしゃれた街並みづくり推進条例」 に基づく街並み再生地区に指定されており、 東京の新たなシンボルストリートとなる新虎通りを抱くこのエリアは、 今後さらなる魅力的な街への進化が期待されています。
 道路法の特例を活用し、 広告塔・看板等の設置、食事施設・購買施設の設置、各種イベントの開催による賑わいの創出等を図っていくこととなります。

以上、ウェブサイト
「新虎通りエリアマネジメント」
httpw://shintora-am.jp/about/shin-tora
より抜粋

新虎通り(環状2号線)は2014年に開通した。 この開通は「地域連携の経緯」として同ウェブサイト上で 次のように紹介されている。

地域連携の経緯
1946年
環状第2号線の都市計画決定(幅員100m)

1950年
環状第二号線の幅を40mに変更

1989年
立体道路制度の創設

1996年
「環状2号線(新橋〜虎ノ門)地区まちづくり協議会」設立

1998年
市街地再開発事業の都市計画決定(約7.5ha)
都市計画変更(平面街路から地下トンネルへ)

2000年
市街地再開発事業の事業計画の変更(約8.0haに区域拡大)

2002年、市街地再開発事業の事業計画の決定
「環二地区再開発協議会」設立

2003年
環2まちづくりを語る会 発足
環状2号線(海岸通り〜桜田通り間、約1.5km)の事業認可

2007年
「環状2号線新橋地区環境・まちづくり協議会」発足

2011年
環状第二号線(新橋〜虎ノ門)地上部道路景観検討委員会開催(計3回)

2013年
環状第二号線(新橋〜虎ノ門)地上部道路愛称名が公募により「新虎通り」に決定
新虎通りエリアマネジメント準備会発足

2014年
外堀通り〜第一京浜間(新虎通り)が開通
新虎通りエリアマネジメント協議会発足
虎ノ門ヒルズ(V街区)完了

2015年
一般社団法人新虎通りエリアマネジメント設立

2019年
国家戦略特区(国家戦略道路占用事業)認定

以上、ウェブサイト
「新虎通りエリアマネジメント」
(httpw://shintora-am.jp/about/shin-tora)
より抜粋

 要は、
これらすべての取り組みは、ひたすら新虎通り沿道を虎ノ門ヒルズ の門前町、表参道として繁栄すべく、地域や行政を巻き込んだ実に遠大なプロジェクトである。

 新虎通りの命名は「公募による」とあるが、もともと我田引水的なプロジェクトゆえ、 東京のあらたなシンボルは「虎ノ門ヒルズ」であることを宣伝させるにふさわしい愛称、 との判断で決定されたものだろう。
 すべては、虎ノ門ヒルズのために仕組まれたことである。つまり、

 ・1950年に幅40メートルの都市計画道路として新虎通りは都市計画決定された。

 ・1970年に現在の虎ノ門ヒルズの場所に地上17階建ての「第17森ビル」が完成する。 都市計画道路が施行されると森ビルは土地を明け渡さなければならない。

 ・1989年に「立体道路制度」が創設され、 道路の上下の空間に建物を建築したり、 道路と一体構造の建物を建築することが可能になった。
 驚くべきことは、1989年「立体道路制度の創設」のころから 30年後の愛宕山の風景と虎ノ門ヒルズの輪郭が描かれていた、その先見の明である。

 2002年、市街地再開発事業(虎ノ門ヒルズ)の事業計画決定により、 ほぼ現在の姿に近い「虎ノ門ヒルズ計画」がまとまったものと思われる。

都市計画道路「新虎通り」
  すべては森ビルのためにある

「市街地再開発事業」の施行者と
「再開発協議会」
「地区環境・まちづくり協議会」
「新虎通りエリアマネジメント協議会」
・・・・
これら事業施行者と種々協議会の幹事会社・主導者は同一企業「森ビル」である。

 おわかりだろうか。  森ビルは、思い入れある発祥の地が都市計画道路施行により接収されることを恐れ、 「立体道路制度」の規制緩和を受け、 新虎通りの一番目だつ場所、すなわち発祥の地の下にトンネルを通すことによって、 自らのブランドのランドマークタワーを建てた、
 のである。まるで「乗っ取り」ではないか。

 家康でさえ為しえなかった都市改造を、 現代の巨大ビルオーナーは政・官・民と一体となって 愛宕山周辺の都市景観をわがものにしたのである。

 「公共財産」であるはずの都市計画道路「新虎通り」を、 森ビル発祥の地「虎ノ門ヒルズ」の真正面の最も目だつ場所に誘引して、 地下トンネルに導き、 都市景観を「私物化」させたプロジェクトがなぜ、 2019年に国家戦略特区(国家戦略道路占用事業)に認定されたのか?
 これは命名に誤りがある。事実上「森ビル経済成長戦略特区」と訂正するのが正しいだろう?
 誰も国会で質問しない、させない。煙が立たないというのだろうか。
 私が森ビルを嫌いになる理由がそこにある。

 話は変わるが、「虎ノ門レジデンシャルタワー」の完成が予定より大幅に遅れて 来年(2022年)1月頃に延期になっている。
 工期終盤の昨年(2020年)11月に建設現場で火災が発生した、とメディアが一斉に報じた。
 完成が遅れているのは、ビルに蔓延した煙臭を除去するのに時間がかかったためと考えられる。

 脱臭が完璧に行なわれたか、 内装材がすべて新品に取り替えられたか、 入居予定者にとっては気がかりなところだろう。

【 虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワーの公式サイト 】
https://www.toranomonhills-residentialtower.com/

によれば、火災によって分譲価格が大きく値崩れした様子もなく、 問い合わせが順調の様子で、森ビルの「ブランド力」は健在のようだ。

 これは、やはり「国家戦略特区」の威光によるものだろう。 国が認定したプロジェクトの威力にすがってブランド力を維持するその商魂に、 国と民間企業の親密さを見ることができる。
 私が、当時の内閣総理大臣と森ビルの蜜月ぶりを嫌いになる理由がそこにある。

私の好きなヒルズ計画

 それでは、私が好きな持続的発展型ヒルズ開発とはどんなものか?
 たとえば、代官山の「ヒルサイド テラス」であろうか。
 高校一年の時から「ヒルサイド テラス」には好感を抱いていた。 建築家やデベロッパーが好きだったわけではない。誰だか知らなかった。
 クラスメートがウェイトレスのアルバイトをしていた洋菓子店がそこにあった。
 そのように言えば、私が愛する都市景観のイメージが少しは理解していただけると思う。

2021年 11月

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